お父さんの勧めで
娘はエレクトーンを始めたが
数回行っただけで
「やめたい」と言いだした
お父さんに叱られて
やめられなくて
嫌々ながら
お稽古に通っていた
エレクトーンを始めて
一年半が過ぎた三年生の夏
今度は剣道をやりたいと言う
すぐに入りたいと言う娘に
「良く考えてからにしなさい」と言っておいたが
娘は二回の見学のあと入会した
楽しそうに剣道に行く娘を見ながら
続けられるだろうと思っていたら
「四年生か五年生になったらやめようと思う」と
ニコニコしながら言うではないか
娘は最初からそう考えて入っていたのだ
しばらくしてお父さんから剣道の話が出た時に
その話をすると「やめちゃダメだ」の一言だった
「途中でやめる訳にはいかないよ」と
娘に言い聞かせて連れて行ったが
そのうちに「行きたくない」と言い出した
娘は「剣道をやめたい」と
私には、はっきり言うのだが
お父さんには何も言えなかった
お父さんに呼ばれて
「剣道やるよな?」と聞かれても
怖いお父さんには何も言えない
このあとも何度となく
他の兄弟やおばあちゃんも居るところで
娘の剣道のことが話題に上ったが
結局娘は泣くばかりで一言も言えず
お父さんの「やめちゃダメだ」で話が終わった
「やめたいのにやめさせてくれない」と言う娘に
やめたいなら「やめたい」って
ちゃんと言ったらいいでしょう
そう話しても娘はお父さんが怖くて
「剣道の話はしないで」と耳を覆うばかりだ
その後「体調が悪い」と
休みがちだった娘を
「四年生になったら
どうするか分からないけど
三月までは入会しているのだから
とにかく練習に行こう」と言って
剣道に連れて行った
娘は「今まで、こんなに悲しいと思ったことはない
やめたいのに、やめさせてもらえない」と
しきりに訴えながらも
これ以上休めないことも理解していた
嫌がっていた昇級審査も
ずっとついてるという約束で
前日は、お弁当の材料の買い出しにも連れて行った
その夜、娘はふたり分のお弁当箱とお箸を自分で選び
テーブルに並べてから休んだ
この娘は、小さい頃から
お弁当を持って出かけるのが大好きだったのだ
初めての昇級審査
娘たち仲間五人
全員仲良く六級になった
娘は言った
「エレクトーンは、やめたいと思っていたけど
剣道をやってみてエレクトーンなんて
どうってことないってことが分かったよ
エレクトーンは、続けるからね」
今年度の剣道の練習も
二週間後に一回行くだけとなったこの日
お父さんも、おばあちゃんもお兄ちゃんもいる夕食の時
私は思い切って切り出した
「みいちゃん、剣道の練習もあと一回になったけど
四年生になったら、どうするの?
今日、役員さんにどうしますかって聞かれたんだけど
どうする?」
お父さんを前にして
娘は思っていることが何も言えない
代わりに夫が答えた
「やめちまえ」と大きな声で
そしてドアを半分開きかけたところで
「そうやって足を引っ張っているんじゃないか」と
私に向かって捨てゼリフまで残して出て行った
夫の姿を見送ってから
娘を見ると、ここ数ヶ月見たことがなかった笑顔になっていた
これで娘は
いつもの娘の顔になる
翌朝、お父さんの怒鳴る声で目が覚めたと
起きて来た娘
「大丈夫だよ」と私
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