*写真はAIで制作したイメージ画像です。 *放っておけば 人の間に入って どうしようかと思う時 放っておけばいい という言葉の助け舟 子供達が小さかった頃 どうしようと話したら 放っておけばいいと それでいいのと 思っていたが 思い悩むこともなく いつの間にか時は過ぎ 何だったかさえ 思い出せない今がある
周りと違うから 間違っているかと 言われたら そんなことはない 百人いたら 百通りのやり方 私がカラスだとして そんなことは やめてと言われたら ゴミをあさったり カアカア鳴くのは やめようかしら だけどカラスはカラス 他の鳥にはなれません
希望、光 生きる力 宝物 そして私自身 子供とはと問われて 浮かぶ言葉 手が届かなくなっても それは変わらず 希望、光 生きる力 宝物 そして私自身
年を取ると こうなるんだと 少しずつ実感しながら これから どうなって行くのかと 観察中 父や母の言っていた 言葉や様子を 思い浮かべながら 私の年になれば 分かると言っていた 言葉を噛み締めながら 一歩前へとまた進む
言葉を話し始めた孫は いつもニコニコ いいよ〜 いいよ〜と あっちへ行ったり こっちへ来たり 楽しそう パパも〜 ママも〜 ジジも〜 ババも〜と みんなを呼んで 嬉しそう いつも笑顔で いることを 思い出させてくれた孫
孫が出来てから 私はおばあちゃん 悪くないが周りまで おばあちゃんと言う おばあちゃんと 呼ばれることにも慣れ 鬼とか、糞とか 付かなければ今は 何だっていいと思う そのうち孫がもっと もっと大きくなったら 鬼とか、糞とか 似合うように なるかも知れない
朝起きて直ぐ 歯を1本1本丁寧に 磨いてやると 歯が喜ぶ 水を1杯飲むと 喉が喜ぶ 胃が喜ぶ トイレに行くと 腸が喜ぶ 散歩に出ると 足の裏が喜ぶ 目が喜ぶ 耳が喜ぶ 何て気持ちのいい朝 全身の喜びが伝わる 今日の始まり
やれ飯の用意だ洗濯だ やれ介護だ孫の面倒だ おっと今度は スマホにインスタ… 私の散歩の邪魔をする 散歩する 時の私が句を作る と詠んだのは はるか昔のこと 散歩をしなければ 川柳も浮かんで来ない
川の音を聞きながら いつもの景色を眺める 今はいないあの頃が 懐かしく思い出される 大変な今も いつか泡のように消え 夢だったのかと 振り返るのだろう 少し外に出れば 私の大変は 何それ?というほど 大したことなくて 笑いがこみ上げる
私を生かしておいたら いろいろ出してやれる そう笑った義母は 十年余り施設で過ごし 膨らんだ夢は 泡と消えた 私を生かしておいたら 孫の子守や雑用 いろいろやってやれる そう思う私は 生活習慣を改めながら 今日も膨らませている すぐには消えない シャボン玉
*写真はAIで制作したイメージ画像です。 *宝物 私は大切なことを 忘れていた 堂さんへの返事 入院半月 心中を見透かすような 朝の詩 「あしたでも 百まででも」 そうやな ほんまやなと 悟られたとの手紙と 宝物だと添えられた そのコピー 傘寿を超えて 二万歩を歩く 堂さん その手紙こそ 私の宝物
*写真はAIで制作したイメージ画像です。 *一生分のお願い 神様に 一生分のお願いを あの子を授かる 前にしたから 忘れていた あの頃の短歌 あれから 願いたいことは たくさんあったけれど あの子はもう三十 あの時一生分の お願いをして 今がある
昨夜のことが 浮かんで来る あれからにするか その前からにするか 息子のこと 孫のこと 娘と行った墓参り トイレに行きたい ストレッチもしよう 今日は何からやろう そうだ 今浮かんだ この詩を 仕上げてからだ
食べ物も 考え方も 暮らし方も 違うことが 面白くて新鮮で その違いに 惹かれたけれど 月日は流れ 夫との違いは 今も更新中 何でと思い 振り返る先には あの頃がある
*写真はAIで制作したイメージ画像です。 *時をつないで 高校生の頃 父に連れられて行った 伯母の家 時が流れて 今度は私が娘を連れて 伯母のお墓参り そして あの旅からまた 十二年の時が流れた
*写真はAIで制作したイメージ画像です。 *喜久ちゃんのサングラス 古いアルバムに 若い喜久ちゃんが写ってる よく見ると その頭には あのサングラス そうだ いつだったか我が家に 喜久ちゃんが忘れていった サングラス 忘れていったよと 電話をしたら 「トンネルの中でも よく見えるから 風香さん、使ってね」 ちゃっかりもらった サングラス あれから 私のサングラスになった 喜久ちゃんのサングラスは 今も車の中にある
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